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方角と間取りの関係、あるいは敷地の形や方位、まわりの環境、家の形などが家相の「相」である。
たとえば、西から北にかけて高く、東から南にかけて低くなっている宅地は吉相で、そこに住む人は子孫にいたるまで繁栄するが、周囲を山で囲まれた土地は、一時は栄えるけれども、まもなく衰える、といったようにである。
家相が、日本に入ってきたのは奈良時代といわれる。
はじめは宮廷建築に利用された。
たとえば、東に川が流れ、西に大道があり、南に平地、北に丘陵がある土地を、家相では青竜、朱雀、白虎、玄武の四神相応の地として尊ぶが、平城京、平安京などは、まさにこの条件にかなった土地に建てられたもので、比叡山は鬼門の鎮守である。
民間にもしだいに広がり、迷信と結びついて、庶民を強く支配するようになった。
現代の家相が完成したのは、元禄から享保ごろにかけて、現在の在来工法とよばれる建築様式、技術が完成されたころである。
家相書に書かれている事柄は、だいたい3つの傾向にまとめることができる。
一つは、建築計画学的、工学的あるいは住居学的に根拠のあるもの、つまり、いわば現代の建築基準法と設計・建築技術書を合わせたようなもの。
2つめは家に関する禁忌。
そして3つめは、科学的な根拠の全くない迷信に類したものだ。
3番めはともかく、最初の2つの中には、そこに住む人間のことを忘れがちな現代の建築に反省を促すものすら含んでいる。
もちろん、家相術のなかには、まったくの迷信やこじつけに類するものも少なくない。
かこいの中に木があるのは「困」という字になるからいけないなどというのは、ユーモラスなだじゃれといえよう。
さまざまな家相書が氾濫した江戸時代には、かなりのキワモノもあらわれている。
また、いうまでもないが、今日の技術水準からみて意味のなくなったものもある。
要は、家相にもられた生活の知恵を参考にしてはどうかということである。
これは、昔は木製の浴槽であったため、湿気があると腐敗しやすく、浴槽を使わないときはそこが乾燥するようにつくれという意味であり、また浴室の床は、排水をよくするために勾配を急にするよりは、むしろすべって転んだりしないよう、勾配を少なくしたほうがよいと注意したものだ。
これなどは浴室をつくる際の設計基準と考えてよく、家相書のなかには、こうした古人の知恵が数多く含まれている。
いわば、現代の建築基準法にも通じるものといえる。
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